🐾猫の居る暮らし🐾

5匹の猫と暮らしてます😊趣味で陶芸を楽しみながら、マルシェイベントや陶器イベントで地域猫啓発活動もしています🐱🌸

現実と希望

今日、自分の事が凄く嫌いに思えた。
結局、きれいごとばかり言っていた自分。
猫を幸せにしたいんじゃなく、自分が幸せになるためだったと、気がつく。そんな人間が一番嫌いな筈なのに…。
改めて気がついた事が沢山ある、すごい1日になりました。この気持ちを忘れない為に、このブログに書き残さなければと思いました。



本日、動物愛護センターに、新しい家族を迎える為、猫ちゃんに会いに行った。
3段ゲージに2匹~3匹づつ、合計20匹くらいかな。一頭づつ職員の方に説明を受けました。
ほとんどが成猫ちゃん。
私は仲の良い猫を2頭引き取るつもりでいました。職員さんの話では、同じゲージにいる子は比較的相性の良い子達との事。様々な性格の子達が沢山で、選ぶと言う事の難しさを改めて知り、どうして選んだら良いのか悩んだ。目やにや鼻水のウイルスを持っているかもしれない子、ものすごく毛が抜ける子、抱けない子、シャーシャー言う子、めちゃめちゃ甘えてくる子、びくびくして怖がる子、触れない子、本当に様々な子達がいました。
正直、私は本当にきれいごとばかり言っていたのだなぁと、自分が本当に嫌になりました。
家族になるなら、慣ついてくれて甘えてくれる子が良いと、ハルフユのように仲の良い私にベッタリな子をまた望んでいたんです。だから、現実を目の当たりにした今日、本当に自分は猫を幸せになんて出来る良い人間ではなく、自分が一番可愛いと思ってしまう、嫌な人間だったのだと、気づかされました。毛が常に抜ける子は大変だからダメ、病気かもしれない子はダメ、抱けない子はダメ、なつかないかもしれない子はダメ、鼻水飛ばす子はダメ、そんな気持ちがあったのだと、現実に飼う事になると、選んでしまう自分が酷く嫌になった。もちろん、運命的に出会った子が上に書いた様な子だったとしたら、全力で愛して治療もして生涯可愛がる。それは確実に出来ると自信持って宣言出来る!けれど、始めからわかっていて選ぶとなると、出来るだけ健康で、なついてくれて、って、そんな考えをしてしまった自分が恥ずかしいし凄く嫌になった。

そして、最終的に

二匹で毛繕いをし合う仲の良い2才と6ヶ月の子を引き取る事に決めた。

何故この二匹にしたのか?自分でもよくわからない。凄くなつっこい訳でもない。けれど、兄弟でもないけど、二匹でくっついて毛繕いし合う姿を見たからなのかもしれない。

職員の方が簡単な書類にサインをして、獣医師からの猫達の病歴やその他の説明を最後に聞かされた。持って行った猫のキャリーに引き取る猫を入れた後で。

生後6ヶ月の子の現在の状態について。
左足の付け根辺りに、違和感がある事。そして、それが検査が出来ていない事。
愛護センターでは、血液検査やレントゲン、詳しい検査なんかはしないのだそうです。
そして、獣医師からの衝撃的な一言。

「もしかしたら、骨肉腫や悪性腫瘍の可能性もあります」

と。

まだ家族になる前でしたが、私はその一言で泣き崩れてしまいました。
獣医師は可能性の話をしたまででしたが、
その可能性を含むかもしれない子を、引き取り育てる自信が、一気に崩れてしまったのです。
正直、長く一緒に居られないかもしれない、医療費はどれだけかかるのだろうか?生活だって大変になる。家族になって短い間でまた別れがくるかもしれない。そうなった時に精神的に耐えられるのか?辛い思いをするかも、と、

結局、自分の事ばかりだ。
自分が満足する為に健康で可愛い子がほしい、それならペットショップで完全に健康だと保証もある猫を買うのと変わらないじゃないか。
そして、そんな事を思う自分を正当化したいが為に、それでも引き取るなら私は良い人?と、自問自答を繰返す。こんな自分が嫌になる。
引き取った後なら、どんな病気が出ようが覚悟も決められる。だけど、そんな簡単な話ではない。癌かもしれない子を引き取るには相当な覚悟がいる。簡単には覚悟が出来ない。
何故黙っていてくれなかったのだろうか。そんなリスクがあるかもしれないと、知らなければ覚悟は簡単に出来るのに。後から病気になったからって、投げ出す様な事は絶対しないのに。
人間としての真価を問われているような気分になる。
他の人ならどうするんだろう。


結局、決められないまま、泣きながら、センターを出た。
1週間考えて、また連絡をすると言う形で、猫は置いてきた。


悶々とする。
私は酷い人間だ。


家に帰ってからも涙が止まらず自問自答を繰り返す。結局、人に悪く思われたくないのか、自分が可愛いだけなのか、本当に動物を飼う資格があるのか…。
引き取り手の無い可哀想な猫を、思いっきり幸せにしてあげる為に動物愛護センターに出向いた筈だったのに。


センターから家に着いて、6時間。
ずっと悩み続けている私に
旦那が、


「そこまで悩むなら、飼ったらいいやん!どんな子でもリスクはある。」

そう言われて、少し気持ちが落ち着いた。

夜、掛かり付けの動物病院の先生に相談の為、電話をかけた。

骨肉腫がどんな病気か?生存率や、治療方針、そのリスクを背負う覚悟の話。

私は多分、大丈夫だと、誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。
病気の子や障害のある子を引き取って育てる。そりゃ、立派な事だと、神様の様な人だと、思っている。だけど、自分はそんな良い人にはなれない。きれいごとだ。実際は、こんなに悩む…。
そんな神様みたいな人に思われたい訳ではない。

書類にサインまでした。

ただ、家に連れて帰る前に、癌かもしれませんと、言われただけの事。まだ癌と決まった訳でもない。骨折してしこりが残ってしまっただけかもしれない。
連れて帰れなかったのは、この子とは縁が無かったって事なのかな?とか、

だけど、ここまで悩む時間を取って、考えて考えて、やっぱり違う子を迎えたら、なんだかモヤモヤする…。

癌かもしれない。
違うかもしれない。
もしかしたら、もう一匹の方がもっと悪い病気が出るかもしれない。

なんだか、色々な事を考えて考えて…

最終的には、どんな子でも、リスクは同じだと、考えが決まってきた。

やっぱりこれが運命なんだ。
今日の出会いや、考えさせられた事も全て。
癌だったら?
そしたら、全力でサポートしたらいいやん!
センターで死ぬより、家族として、死なせてあげられたらいいやんって。旦那が言ってくれました。動物病院の先生に相談して、考えが決まったと思っていましたが、やっぱり私の背中を押してくれたのは旦那だったのだと、このブログを書きながら改めて気がつきました(笑)

今回、こんなに自分を責めた事もこんな考えをした自分も、周りにどう見られるかと対面を気にしている自分も、恥ずかしいしくらい、人間学を学んだ気がします。


明日、朝一番で、
今日サインした子達を迎えに行ってきます。

これが私の運命だと信じて。